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10 退院

私は慌てた。

「退院していいってよ」という息子の言葉

ホントに?

まだ妄想あるのに!?

翌日、面会に行き看護師さんと話した。

看護師さんは、退院の許可が下りてるので、いつでも良いですよ、と。

私は、冷静に考えるように自分自身に言い聞かせた。入院前と3週間経った今と、息子はどこが良くなっただろうか…。

息子の変化を考えてみた。

・誇大妄想の内容が、大きくなっていない。

・誇大妄想の話をする事が少なくなった。

・新しい妄想のような話が出た。これは、修正可能な妄想だった。

・攻撃的な口調で私を責める事が増えた

・パーキンソン病の患者さんのような歩き方をするようになった

・こだわりが強くなった

・夜眠れていない(ような気がしている)

誇大妄想は、ケンカとかヤクザとか、暴力的な話が多かったから、その話が少なくなったのは良かった。新しい妄想は、生活に支障をきたすような内容ではなかったし、「夢を見た」と言ってから話す内容だったから、「大丈夫!それは夢だから。」と伝えると、いつまでもこだわって話す事はなかった。

けれど、過去にあったことを攻撃的な口調で責めるようになり、しかもその話を逸らすことはできなかったし、1度何か物が欲しくなると、それが手に入るまで落ち着かないらしく、強いこだわりがあるようになっている。

退院していいんだろうか…

私は仕事をしており、日中ずっと息子のそばにいることは出来ない。

けれど、病院はベットが合わなくて眠れないという息子。家に帰れば、眠れるようになるかもしれない。

それに、いくら任意入院とはいえ、危険のある子を病院が退院させるだろうか…。自宅で過ごすことが可能と判断されたのかもしれない。となれば、あとは私が頑張るしかない…。

 

その週末、息子は退院した。

退院する時に、主治医から息子と私に今後の説明があった。今後は、元のクリニックに戻るという話だった。

私は、入院から今までの、つもりに積もった聞きたいことが山ほどあったのだが、まずは、病名は何かを聞いた。

主治医は、妄想性障害と書かれた用紙を見せてくれた。

そして一言、「妄想を取ってあげたかったんですけどね。」と、呟いた。

途端に、私の頭は真っ白になった。

じゃなんで退院なの?

私は、モンスターペアレントだっただろうか?面会に行き過ぎた?なんで?私は、看護師さんたちに食ってかかるようなことはしていない。医師に対しても、1度だけ、会って話を聞きたいと伝えてもらったけれど、それだけ。息子は、退院したいと訴えた訳でもなく、ただ、退院がいつになるのか聞いただけ。

それとも、私が知らないだけで、息子が退院したいと言ったんだろうか?それでも治療が必要なら、説得して入院を続けさせることはできたのでは?今の精神病院のシステムは、任意入院の場合は、退院したいと言ったら出来てしまうのだろうか…

それまで聞きたかったことがあったのに、それらは全て、何ひとつ、聞くことが出来ず…湧き上がる新しい質問の山は、息子が隣にいては、聞けるような内容ではなかった。

黒髪のベートーベンのような出で立ちの若い医師の、「妄想を取ってあげたかったんですが…」から、腕はよく分からないけど、息子を何とか良くしてあげたいという気持ちは、あったんだろうな。。。

疲れきっているようにも見えるその医師に、詳しく話を聞くことはできなかった。

自宅でもしダメなら、他の病院へ行ってみよう。今度はゆっくり、息子にとって良い病院を探そう。そう考えていた。

面会室を出て、荷物を持ち、病棟の出入口へと進む。

途中の廊下に、何人かの入院患者さんが待っていてくれた。

「良かったな〜、退院だってー?オレなんて帰りたいって言っても帰してもらえないよ。」「おかあさん、迎えに来てくれてるな。いいおかあさんじゃないか。」「元気でねー」

年配の人も、若い人も、男性も女性もいた。

「大地、みんな知り合いになったの?」

「ああ、携帯メールのやり方とか聞かれたから教えた。相撲とかとったし。」

ぶっきらぼうに答える息子だったが、短期間でも誰とでも仲良くなれるのは変わらないんだな…。私はマジマジと息子の顔を見たが、変わらず硬い無表情な横顔だった。

帰り道の車の中で、私は息子に話した。

 

病気が良くなるのに1年かかっちゃったらさ、人より1年長生きすればいいよ。長生きする時代だもん。3年かかったら3年、10年かかったら、いっそ100まで生きればいいさ。

 

声に出しながら、自分自身にも言い聞かせていた。

 

こんなにもすぐに退院するなんて、いっそ入院しなければ良かったんじゃないか?息子に、精神病院入院という既往を残してしまった。将来、就職や結婚をしようという時に、重い足枷を履かせてしまったんではないか…

けれどすぐにその考えは打ち消した。

違う!入院は悪いことではない。3週間前の息子には、必要な事だったのだ。

そんな事で、息子を受け入れない人や社会は、こっちから願い下げだ!

これから息子は、精神病である事も、全てまるまる受け止めてくれる人や社会とだけ関わっていけばいい。

 

きっとその、優しい 愛に満ちた世界は、幸せなのだ。

第2章 統合失調症と暮らす 01衝撃

コメント

  1. わたなべ(当事者) より:

    大地さん たんいんされてよかったです。僕も頑張ります。

    • 森の民 より:

      わたなべさん、
      ありがとうございます。

      息子は、頑張っていると思います。

      分かりにくくてすいません。
      発症したのは、3年以上前のことですが、
      退院してから今まで、ちゃんと寝る事と、ちゃんと薬を飲む事を、大切にしています。

      わたなべさんも、焦らず、ご自身のペースで、頑張ってください。

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