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04 入院-翌日-

翌日、私は職場から、昼休みを使って病院へ行った。職場から病院までは、車で20分弱だった。

人口60万人の市の郊外にある職場。自宅からは10kmほど離れている。病院は、さらにそこから山の方へと向かう。

足が地についていないような感じで、頭にもモヤがかかっているようだった。なぜ息子が精神病に…。そう考えると涙はいくらでも出てきた。心という場所が体の中にあるとしたら、それは心臓の背中側で、食道の裏側で、気管支の下の…この辺りに、ドライアイスの溶け出た白い煙が、絶えることなくひんやりと、漂い続けている気がした。

けれど、実際には心という臓器はない。心は脳なんだ。怒るとアドレナリンが分泌されて、心臓の鼓動は速くなり、顔が紅潮するように…。今、私の脳も何かのホルモンや神経伝達物質の影響で、この場所が冷えきってしまっている。

息子も同じ。

息子がこんな風になってしまった原因を考えないようにしながら、意識を車の運転に向けるようにした。

途中のコンビニで頼まれたお菓子を買う。昨日、病院に入院した後に買って帰れば良かったな。でも、そんなエネルギーなかったか。昼休みは1時間。急がなくちゃ。

病院の駐車場は、山を少し上がるとすぐに止めることができた。病院受付で面会者名簿に名前を書く。

今まで家族や友だちの病院に面会など行った時に、こんなにオドオドしていた事は無かったと思う。

冷静に…。

心の中で自分に言い聞かせた。

そして、昨日と同じ順路で息子の入院する病棟へと向かった。

落ち着け。泣いてはいけない。

病棟のナースステーションの窓口で名前を言い、鍵を開けてもらって病棟に入る。今日は面会室に通される。

面会室の壁は白くて、窓からは中庭が見えたが、ブラインドが下ろされ、日差しを避けていた。隙間から中庭を見るが、出ている人はいなかった。

すぐに息子が入ってきた。

おっ!どう?部屋の方は?快適?

できるだけ普通に明るく話しかける。

「眠れない。」硬い顔つきの息子の表情からは、何も読み取れない。

何かうるさいの?

「いや、なんか、ベッドが合わない気がする。」

そっかー、看護師さんに言いなね。薬とかは出たの?

「うん。」

なんて薬?

「さぁ?」

ジャーン!これ差し入れ。

頼まれていたじゃがりことゼリーを出す。

「大地(仮名)がいないと寂しいけどさ、まぁ今は治療が大事だから仕方ないね。」

決して、息子を精神病院へ追いやったわけではなく、治療の為なのだという事を強調したくて。息子が、病院に入れられたとか、家でジャマだったからだとか、ネガティブに考えないようにと思って言った言葉だったが、途端に息子は怒りだした。

「お前、なんであの時泣いたんだよ!嘘泣きしやがって!」

いつ?

「は?医者の前で嘘泣きしただろ!」

確かに、入院前の臨床心理士さんに会った時と、最初の児童思春期外来の先生の前で、私は泣いてしまった。

でも、それはもちろん嘘泣きではない。涙が溢れ出て止まらなかったのだ。

けれど息子は治まらない。

「おい、何でだよ!お前はいつも嘘泣きばっかだ!!」

ごめんごめん、あの時泣いたのは悪かったよ。

謝るけれど、息子の怒りはまったく治まらない。息子が私を責め続ける言葉が繰り返される。

なんと答えていいのかわからない。なんて答えるのが正解なの?どうすれば息子の気持ちがおさまるの?心に針が刺さっていくようだった。

私は時計を見た。

あのさ、大地、もうかあさんは、仕事に戻らないといけない。また来るから。何か欲しいものある?

すると息子は、イライラした様子でまだ何か言いたげだったが、小さな声で

「アイス」とつぶやく。

わかった!じゃ、アイス買ってくるね。

私は来た時と同じように明るい声で答えた。

他に何か思いついたら電話しなさいね。

「ん、」

息子はそっけない返事をした。

 

驚いた。なぜ突然責められるような話になったのか。これは、息子の本当の気持ちなの?病気のせいなの?反抗期?

この時は、まだ息子の病気が何であるか診断はされていなかった。

 

翌日も、昼休みに病院へ行った。そして面会室。看護師さんが入ってきて、差し入れの品は一旦預かりますとの事だった。昨日のお菓子も一旦回収されたらしい。

差し入れの中に、自傷行為につながるような何かがあったら大変だろうし、食事のコントロールをしなくちゃいけない人もいるだろうし。

病棟に鍵があることと、こういう細かな気の配り方が、精神科病院なんだろうな…

看護師さんがいなくなると、息子の話はいきなり、「なんで泣いたんだよ!」と私を責め立てるところから始まった。

泣いたのは悪かったけど、かあさん、昼休みで来てるから、ここには10分か15分くらいしかいられないから、大地の話を聞かせてよ。

少し強い口調で言うと、息子は黙って、そして「何!?」と。

入院して、毎日何してるの?

「別に…ゴロゴロしてる」

じゃあ寝られるようになったんだね。

「寝られないから、昼間ゴロゴロしてる。後、血を取られた」

採血ね。血液検査もするよ。病院だもん。病気の原因がわからないと治療できないもんね。大地、採血嫌なの?昔、予防接種とかしたじゃん。苦手だったっけ?

「別に。オレ関東一強いんだよ!ケンカとかもやりまくってたし。」

しまった!妄想の話につながっちゃった。

「うん、まぁそうかもしれないけど、力が強くても意外と注射には弱い人もいるしね。」

できるだけ妄想の話とちがう現実の話をしないといけない気がした。

けれど、息子の話は妄想と思われる話か、イライラとした強い口調で私を責めるような話になる。

ネットで調べたところでは、他の現実的な話に切り替えるのが良いとあった。

もちろんやってみた。

「話、変えるな!お前、自分に都合が悪くなると、すぐに話を変えるよな!そういうの、やめろ!」

息子はますますイライラしたようで、声を荒らげた。もちろん、話を変えることはできない。

どうすればいい?

どうするのが、息子にとって、良い方向なのか?

思い出せ、私。

昔、精神科実習に行った時、どうだった?

05過去

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