統合失調症の子どもに、どんな風に暮らしてほしいか。
昔の私は、「絶対治す!!」が強かった。元の生活に戻れることを目標にした時期もあった。
しばらくして、元通りはもう無理かもな・・・という諦めと、でも、元通りじゃなくても幸せになればいいんだ!というように価値観を変化させ、大地が幸せになることを諦めない!となる。
そもそも、社会的な成功や経済的な裕福がイコール幸せではないとはずっと思っていたから。元通りじゃなくても幸せと思えることはそんなに難しい変更でもなかった。
とはいえ、「自立」「努力・根性・忍耐」が美徳だという時代に育った私は、「自分で食べていけるような社会活動をすること」は、治すとか治るとかは関係なく考え方の中に染み込まれてしまっている。
最近は、大地の弟たちが、「兄ちゃん、生活保護受ければいいじゃん」と言う。働きたいのに働けない人のための日本の法律だよ。兄ちゃんのためにあるようなものだし、働けるようになったらいらないと言えばいいし、と。
なるほど。確かに日本には、絶対に食べてはいけるシステムがある。仮にそうなったとして・・・。やはり単に「食べる」ができるだけというのは、何か違う気がする。
あ、社会とのつながりか。
人間が太古から群れで生活する動物だったことを考えても、社会とのつながり、他者とのつながりって大事な気がする。
仕事ではなくても、ボランティア活動やサークル活動など、何かや誰かとつながっていたら、なんとなく安心。
そう考えて、一緒に地域のサークルに入らないか?とかボランティアやってみない?など声かけたことはあったけど。「体調悪い」とのことで社会参加にはつながらない・・・と思っていた。
でも、今日の大地のブログを読んで、「ん?もしやこれも社会とつながるってことなんでは??」と思った。
社会とのつながりって、「自立」とか「仕事」とかに拘らなくても身近なところにあるのかも。

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