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その子育ては良かったのか

5.統失息子の母のつぶやき

4人の子どもを育てたけれど、果たして自分の子育ては良かったのかどうなのか?

子どもが幸せになってほしい・・・ただただそれだけを願って育てたけれど、初めての親業。何が正解かなんてわからず、ただただ毎日無事に健康で、できれば元気いっぱいにいることを願っていた。自分のことは後回し。そんなの当たり前だった。当たり前に、自分の事よりも子どものことを考えてきていた。

これ、どうなの?
時代背景のせいにするのは良くないけど、子どもを怒鳴ったことも叩いたこともある。抱きしめたことは数知れず。。。やがて思春期を次々迎えた子どもたちは、反抗もしたし無視もされたし会話もなくなったし。

そんな中、「友だち親子」とかいうのがテレビで取り上げられていて、「まじか!」こんなに仲良しの親子関係ってあるのか!!とうらやましく思ったりもした。

やがて大地が統合失調症を発症し、エネルギーのほぼすべてがそちらへ向かうことになる。もちろん、他の子どもたちのことを蔑ろにしていたわけではない。ただ、それまでかけていた子どもへのエネルギーを振り返って、「見守る」と言うスタンスが大事だと肝に銘じて、口うるさい母から何も言わずに見守る母への切り替えが進んだ感じ。時間的な配分が難しかったのもあるしね。

子どもに良く思われようとかは考えたこともなかった。どう思われようが子どもの幸せが大事。日々、そうやって子育てをしてきたように思う。

さてその結果・・・母の日に感謝の言葉もなければ、誕生日におめでとうの言葉もない。なんてこと!? 寂しいじゃん。もちろんそんな見返りを求めて子育てなんてしてないけどさ。そもそも、世界のどこかで各々幸せだと思う暮らしをしていてくれればそれでいい!と思っていたけどさ。実際に大人になった子どもたちは、私に無関心なのか・・・?

周囲の知人らの中には、「息子とディズニーランドへ行った」とか「娘が母の日に〇〇をくれた」とか、嬉しそうに話す方々がいる。

これって、育て方?

自分の子育ては良かったのか?子どもたちは、幸せになる道へ向かっているのか?
これからは自分の幸せを最優先に考えてと思うけど、それでも気になる子どもたち。

そんな折、、、たま~に見ているYouTubeで精神科医の先生が、「無敵の愛情を与えられて育った子はどうなるか?」を話していた。
よくある「自己肯定感が高くなる」とか、そういうざっくりしたやつじゃなくてね。

なんと!無敵の愛情(自分のことは後回しでエネルギーのすべてを子どもに使ってきたようなタイプ、過干渉でも過保護でもなく、やや口うるさく怒ることもしょっちゅうで、でも愛してるよ~というオーラを出して←出せるんかい! 見守りも大事にしながら転ばぬ先の杖を出さないように注意しながら。。。日々のすべてをまずは子どものことを第一に考えてきたような母)で育てられた子は、、、

親に対して「無関心」になるらしい。
感謝の言葉を表したりも、特にしないらしい。
そんなわけで、ホントに??と調べてみた。

1親から十分な愛情を受けた子は、親を「特別扱い」しない。
だから、
・母の日だから何かしよう
・誕生日だから特別に祝おう
・感謝を言葉で伝えよう
こういう「イベント的な行動」をしないことがあるらしい。
これは冷たいのではなく、 親との関係が安定しているから、特別な儀式を必要としないということ。
(ちなみに私自身は、親が苦労していたことを知っていたから、何とかして少しでも親が喜ぶようにしたくて子どもの頃から親のために頑張ってた気がする。誕生日のプレゼントも用意したし母の日も父の日も感謝の言葉を伝えてた。)

2親への“負債感”がない
愛情を十分に受けた子は、 「親に何か返さなきゃ」という心理的負債を持たない。
だから、
・感謝を言わなきゃ
・プレゼントしなきゃ
・親を喜ばせなきゃ
こういう義務感がない。義務感がない=愛がない ではなく、
義務感がない=心が自由 ということ。
(ちなみに私自身は、親が苦労しているのに自分だけ楽しんでもいいんだろうか?という気持ちを持っていた。美味しいものを食べれば親にも食べさせたいと思ったし、旅行へ行けば親もつれていけたらと思っていた。義務とは思わなかったけど、心が自由では無かったなと思う。我が子には、こういう感情は持ってほしくないと思っていた。)

3親に「ありがとう」を言わなくても関係が壊れないと知っている。
愛情を受けた子は、 「ありがとう」と言わなくても親が自分を嫌わないと知っている。
だから、 言葉で確認する必要がない。
これは、親子関係が“完成”している証拠でもある。

4子どもが母の日に何もしないのは、「見返りを求めない母」「安心して甘えられる母」 だったから。だから、子どもは私に、
・過剰に気を使わない
・過剰に感謝を示さない
・過剰に義務感を持たない
こういう“自然体”でいられる。

こういう目に見えない形って、誰もわからないじゃん。
自信をもって言えるのは、私は確かに子どもたちを愛してきた。自分のことは後回しでぜ~んぜん良かった。子どもたちが笑ったり目を輝かしたりしてるのが好きだったから、むしろ子育てしながらたくさんの幸せをもらってきていた。見返りを求めた愛情じゃなかった。

あ~あ、今年の母の日も何にも無しか・・・誕プレも無しか・・・
と、もっちろん寂しく思ったりはするし、イベントがある人を羨ましく思ったりする瞬間もあるけど、そもそもそれを望んで子育てなんてしていなかった。「いつか世界のどこかでそれぞれが自分の居場所をみつけて幸せに向かって暮らしていればいい」と思っていた。その幸せの中で、いちいち私のことを心配して落ち着かない日々を送ってほしくないと思っていた。

そうだ!だとしたら、私の子育て良かったじゃん!

子どもたちにLINEで「生存報告」をたまに送る。超元気に出かけてるやつ。

返事は「良かったね」程度。無・関・心って感じが伝わってくるわ~~(笑)

もしかして、最高にうまく育ってないか?
それぞれ自分の人生を自分で選択して、幸せに向かっていきますように。

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